2026年7月1日 木田国際税理士事務所 代表 税理士 木田穣
「富裕層が海外に移住すると、日本の国力は落ちるのか?」——税理士として日々富裕層の海外移住相談を受けている立場から、このデリケートなテーマについて、私自身の考えを正直にお話しします。木田国際税務会計事務所 代表税理士・木田穣が解説します。
富裕層の海外移住は、確かに日本の税収や消費を直接的には減らします。これは事実です。たとえば年収1億円の方が日本を出ると、所得税・住民税・社会保険料を合わせて、おおよそ年間4,000〜5,000万円規模の納税が日本から消えます。さらに、その方の国内消費も一緒になくなります。マクロで見れば、富裕層の流出は国力にマイナスに働く側面がある——ここはまず率直に認めるべきだと思います。
海外に移住する自由は、日本国憲法22条2項でも「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と明記されている、個人の権利です。国内のどこに住むかも、海外に住むかも、本来は誰にでも保障された自由であり、自民党の憲法改正草案でもこの条文は維持されています。
海外移住しても日本国籍を維持したまま居住することができます。住民票は国外転出となり国民健康保険は脱退になりますが、国籍そのものには影響しません。つまり、海外への移住は、移住した場合は移住先の国の税制に従うことになる、日本の憲法で認められた個人の自由だということです。
日本の所得税は、世界の多くの国と同じく「居住地主義」に基づいています。日本に住んでいる居住者には原則として全世界の所得に対して課税し、日本に住んでいない非居住者には日本国内の国内源泉所得(例えば日本の不動産の賃貸収入など)だけに課税する、という整理です。
日本を出て非居住者になれば、原則として日本国内源泉の所得だけが課税対象になります。これは「抜け道」ではなく、税法が予定している正規のルートです
自国民が海外に移住した後も、国籍を理由に課税し続ける国は、私が把握する限りアメリカとアフリカのエリトリアの2カ国しかありません。特にアメリカの市民権課税は世界的に見ても極めて異例な制度で、南北戦争時に戦火を逃れた富裕層から税金を取るために導入されたのが始まりと言われています。アメリカがこの制度を維持できるのは、FATCA(外国の金融機関に口座情報の報告を求め、非協力の場合はペナルティを課す仕組み)を通じて世界中の銀行を動かせる、圧倒的な経済力と金融ネットワークがあるからです。
日本がアメリカ型の制度を導入することは、移住先の国の徴税権とバッティングすることに加え、アメリカのような金融ネットワークを持たないため「やりたくてもやれない、やるべきでもない」というのが実情です。皮肉なことに、戦後の日本の所得税の骨格(居住者には全世界所得、非居住者には国内源泉所得という整理)は、アメリカのシャウプ使節団の勧告によって作られたものです。
日本にも富裕層の流出に対する防衛策があります。ひとつは2015年に導入された「国外転出時課税制度」(出国税)です。有価証券などの対象資産を1億円以上保有する方が日本を出るときに、日本にいる間に増えた含み益を出国時点で清算課税する仕組みです。現預金や不動産は対象外なのでご安心ください。アメリカ型の「一生追いかける」方式ではなく、「最後にきっちり清算してから送り出す」方式が日本なりの対応です。
もうひとつが、2025年分以後始まった「ミニマムタックス」です。基準所得金額が3億3,000万円を超える個人を対象に、実効税率が下がりすぎないよう追加負担を求める制度で、2027年以降さらなる拡大が予定されています。
こうした包囲網が強まるほど、動ける人ほど早く動く、というのが現場で強く感じる逆説です。「いつまた制度が変わるか分からない」「変わってからでは遅い」と考える富裕層の方が、実際に増えています。富裕層を逃がさないために制度を強化すると、かえって流出のスピードが上がる——これが今の日本が抱えるジレンマです。
税収や消費という意味では、富裕層の海外移住は日本の国力にマイナスに働く側面があります。ただ、移住した方が海外で活躍することで、別の形で日本に貢献するケースも数多くあります。世界で活躍する日本人が日本のイメージを世界に押し上げる効果、日本の文化や商品を世界に広げる橋渡しの役割は、数字にできない大きな国益です。
これまで海外移住された方々に接してきた実感として、日本への思いや愛着は極めて強い方がほとんどです。日本の奨学金事業や公益法人に毎年多額の寄付をされている方、海外で成功したビジネスを日本に逆輸入するタイプの方もいらっしゃいます。海外移住は「拠点を分散させて家族と資産を守り、ゆくゆくは日本に恩返しをしたい」という選択である方が大半です。また、起業家がオーナー自身は海外移住しても、その方が作り上げた会社は日本で雇用を生み、毎年法人税を納め続けています。
日々のご相談でいつもお伝えしているのは、「税金だけを理由に移住を決めないでください」ということです。移住先での生活、お子さまの教育、ご家族の安心、将来の相続、ご自身のキャリアを総合的に考えたうえで、結果として税負担も最適化される、という順番が健全だと考えています。
そしてもうひとつ大切なのが「出口戦略」です。数年後に日本に戻る可能性はあるのか、お子さまや次の世代にどう資産を引き継ぐのか、移住先の永住権や市民権をどこまで取りにいくのか——入り口だけでなく出口まで設計しておくことが、本当の意味で家族を守る海外移住につながります。
富裕層の海外移住は、日本の税収や消費という面ではマイナスの影響がある一方で、憲法で保障された個人の自由であり、移住した方が別の形で日本に貢献するケースも数多くあります。大切なのは、税金だけでなく生活・教育・相続まで含めて総合的に判断し、出口戦略まで見据えて準備することです。
木田国際税務会計事務所では、日本の税務アドバイスに加えて、カナダ・マレーシア・シンガポール・タイ・パナマなど各国のビザ専門会社と連携し、個別の事情に合わせたご提案をしています。
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