2026年7月3日 木田国際税理士事務所 代表 税理士 木田穣
いわゆるゴールデンビザ、投資家ビザと呼ばれる、投資によって海外の居住権や永住権を取得するプログラムがあります。今日は「どの国にいくら投資すればビザが取れるか」という制度紹介ではなく、「海外に住む権利」を平時のうちに先に持っておくことの意味について、木田国際税務会計事務所 代表税理士・木田穣が解説します。
日本のパスポートは非常に強く、観光であれば世界中の多くの国にビザなし、あるいは簡単な手続きで入国できます。だからこそ「必要になったら海外に行けばいい」と思いがちですが、観光で90日滞在できることと、長期的に家族で生活できることはまったく別問題です。
特に富裕層の場合、家族、資産、会社、従業員、事業承継、子どもの教育など守るべきものが多く、単に資産を海外に置くだけでは足りません。将来、生活環境や事業環境が大きく変わったときに、自分と家族がどこに移動できるのか、その選択肢を事前に確保しておくことが重要になります。
世界の移民制度は、今後も同じ条件で開かれているとは限りません。むしろ近年の流れを見ると、各国は外国人の受け入れについて、より慎重に、より選別的になっています。
オーストラリアでは、事業家・投資家向けの代表的な移民制度であったBusiness Innovation and Investment Program(BIIP)が2024年7月31日に新規受付を終了しました。欧州でも、住宅価格の高騰や安全保障、マネーロンダリング対策を背景にゴールデンビザへの見直し圧力が強まっており、ポルトガルでは不動産取得ルートが廃止、スペインでは2025年4月にゴールデンビザ制度自体が終了しています。シンガポールでも永住権取得は以前より選別色が強くなっています。
海外の居住権は、欲しいと思ったときにいつでも同じ条件で取得できるものではありません。制度が閉じることもあれば、投資額が上がることもあります。だからこそ、今すぐ移住するかどうかだけでなく、将来の選択肢を平時のうちに押さえておくという「居住権ポートフォリオ」の発想が重要になります。
ポルトガルの投資居住許可(通称ゴールデンビザ、正式名称ARI)は、かつて不動産投資で非常に人気がありましたが、2023年10月の住宅法改正で不動産取得ルートと150万ユーロの資本移転ルートは廃止されました。現在の主なルートは、投資ファンドへの50万ユーロ投資(1ユーロ約185円換算で約9,300万円)、文化・芸術への25万ユーロの寄付(約4,600万円)などです。
ポルトガルの魅力は、ヨーロッパへの入口であることです。滞在要件が比較的少なく、初年度7日、その後は2年ごとに14日程度の滞在で維持できるとされています。ただし市民権取得については、近年の国籍法改正議論により必要な居住期間が延長される方向で議論が進んでおり、制度は明らかに締まってきています。
ギリシャのゴールデンビザは、現在でも不動産投資を中心とした居住許可が残っている点が特徴です。スペインが制度を終了し、ポルトガルが不動産ルートを廃止する中、ギリシャはまだ不動産投資型の選択肢を維持しています。
ただし、ハードルは以前より上がっており、アテネ首都圏やテッサロニキなどの重点地域では不動産投資の最低額が80万ユーロ(約1.5億円)、その他の地域では40万ユーロ(約7,400万円)です。ギリシャの大きな特徴は、ゴールデンビザの維持に継続的な滞在要件がないこと。今すぐギリシャに住まなくても、不動産という現物資産を持ちながら将来の欧州拠点としてのオプションを確保できる点は、居住権ポートフォリオという観点で魅力があります。ただし市民権取得には原則として長期の実居住やギリシャ語、社会統合が必要になるため、ゴールデンビザの維持と市民権取得は分けて考える必要があります。
パナマの適格投資家ビザ(Qualified Investor Visa)は、一定の投資により原則として申請段階から永住権が付与される仕組みです。2026年6月時点で不動産投資は30万米ドルから(1米ドル約160円で約4,800万円)とされており、ヨーロッパのゴールデンビザやニュージーランドの投資家ビザと比べると投資額はかなり低く見えます。パナマは税制面でも国外源泉所得への課税の考え方などから、国際的な資産管理の文脈で名前が出てくる国です。中南米や米ドル圏に第二拠点を持つ意味がある方にとって、候補になり得る選択肢です。
ニュージーランドのActive Investor Plus Visa(AIPビザ)は、Growthカテゴリー(500万ニュージーランドドルを3年間投資、約4.7億円)とBalancedカテゴリー(1,000万ニュージーランドドルを5年間投資、約9.4億円)の2つの枠組みがあります。まず居住ビザが付与され、投資期間や滞在要件を満たすことで永住権(Permanent Resident Visa)の申請が可能になります。
投資額はかなり大きいですが、英語圏であること、自然環境が良く政治的・社会的に比較的安定していること、そして北半球の地政学的緊張と少し距離を取れることが魅力です。ポルトガルやギリシャが欧州アクセスを確保するためのオプションだとすれば、ニュージーランドは家族で実際に生活することまで視野に入れて検討する国だと言えます。
投資移住プログラムでは「永住権が取れる」「ゴールデンビザで海外移住」という表現がよく使われますが、実態としては、最初から本当の意味での永住権が付与されるケースは限られます。多くの国では、まず一定期間有効な居住許可(Residence PermitやResident Visa)が付与され、投資の維持期間や実際の滞在日数、犯罪歴・税務上の問題の有無などの条件を満たしたうえで、永住権や市民権の申請が可能になる、という流れです。最初に取れるのは「その国に住むための入口」であり、将来の移住・教育・事業展開のためのオプション券だと考えるのが実務的です。
もう一つ重要なのが税務上の注意点です。海外の居住許可や永住権を取得しても、それだけで日本の税務上の移住が完成するわけではありません。実際の生活の本拠が日本に残っていれば、海外のビザを取得していても日本の税務上は引き続き居住者と判断される可能性があります。
日本の税務上の居住者・非居住者判定は、どこのビザを持っているかでは決まらず、住居・家族・職業・資産所在などの要素を総合的に判断して、生活の本拠がどこにあるかで決まります。居住権ポートフォリオは、あくまで海外に住むための法的選択肢を確保する戦略であり、それだけで日本の非居住者になるわけではありません。特に、時価1億円以上の有価証券等を保有する方が国外転出する場合には、国外転出時課税の問題が生じる可能性もあるため、居住権の取得と税務上の移住を完成させることは必ず分けて考える必要があります。
国際情勢や各国の制度環境は、以前より大きく変化しています。富裕層や経営者が考えるべきことは、資産を増やすことだけではなく、資産を守ること、家族の選択肢を守ること、移動できる自由を持つことです。
海外居住権は、富裕層にとっての「制度上の防災備蓄」のようなものです。普段は使わないかもしれませんが、将来、国際情勢や制度環境が大きく変わったときに、家族の選択肢を増やしてくれる可能性があります。大事なのは「安いから取る」「流行っているから取る」ではなく、自分と家族にとってどの国の居住権が本当に使える選択肢なのかを見極めることです。
木田国際税務会計事務所では、本記事でご紹介したポルトガル・ギリシャ・パナマ・ニュージーランドをはじめ、世界各国のビザ取得プログラムについて、現地の専門会社・専門家と連携しながら、日本の国際税務面からの整理を行っています。
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