2026年7月1日 木田国際税理士事務所 代表 税理士 木田穣
会社の譲渡(M&A)後にセミリタイアされ、40代・50代でシンガポールをはじめとするアジアへ移住される方から、当事務所によくいただくご質問があります。「日本の証券会社を離れたあと、シンガポールでの資産運用はどこに預ければよいのか」というものです。現役のプライベートバンカーには利害関係上なかなか本音を伺いにくいテーマですので、今回は元外資系プライベートバンカーの斉木様にお話を伺いました。
斉木様は新卒で大手証券会社に入社されたのち、UBS東京でプライベートバンカーとして勤務。その後、クレディ・スイス・シンガポール(現地採用)に転職し、ジャパンデスクを担当されました。日本在住のまま海外に口座を開設したい方や、シンガポールをはじめアジア在住の日本人で海外口座での資産運用を希望する方を対象に、プライベートバンキング業務に携わってこられたとのことです。その後は日本に戻ってコンサルティング会社を立ち上げたり、投資ファンドに籍を置かれたりしたのち、昨年からはシンガポール在住者を中心に海外資産運用を学ぶ勉強会を運営されています。
なお、現役でプライベートバンクに勤務されている方は、自社サービスの話にどうしても偏りがちで、SNS等での個人発信も難しい立場にあります。斉木様ご自身も、勤務時代は個人のSNSアカウントを非公開にされていたそうで、退職後にはじめて公開の場で発信できるようになったとのことでした。
斉木様によると、シンガポールで資産運用サービスを提供する主なプレイヤーは大きく以下のように整理できるとのことです。
・ティア1(Tier1):UBSをはじめとする、グローバルで知名度の高い大手プライベートバンク
・欧州系:ジュリアス・ベア等
・シンガポール地元系:バンク・オブ・シンガポール、DBSなど。ただし「地元」とはいえ、規模感は日本のみずほ銀行クラスに匹敵し、実質的にはグローバル大手に近い規模とのことです。
・EAM(External Asset Manager):業界内では「E」と呼ばれることが多く、日本のIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)に近い立ち位置です。銀行とは別の立場で運用や資産管理の助言を行い、実際の売買はクレディ・スイスやUBSなどのプラットフォーム上で執行されるイメージとのことです。
・日系証券会社:大和証券をはじめ、シンガポールに拠点を構える日系証券会社も増えていますが、新規の個人向け口座開設をあまり積極的に行っていない会社も多く、上場企業オーナーなど、つながりのある方に限定して個別対応しているケースが多いようです。
プライベートバンク選びでまず問題になるのが、口座開設に必要な最低預入金額です。日本人の場合、シンガポール現地の方や他国からの富裕層と比べて資産規模がそこまで大きくないケースが多く、特に近年の円安の影響もあって、預けられる金額の水準でまず候補が絞り込まれてしまうとのことでした。そのうえで、絞り込まれた選択肢の中から「何を運用したいか」で最終的な預け先が決まってくる、という順序になります。
ティア1クラスの大手プライベートバンクの目安は、米ドルで500万ドル(当時のレートで概算7.5億〜8億円程度)以上とのことです。開設時点でその金額に届いていなくても、口座開設後半年以内に現金を入金する、あるいは他で保有している株式・債券・ファンドなどの有価証券を移管する、といった条件がつくケースが多いそうです。ティア1以外のシンガポール地元プライベートバンクや欧州系(ジュリアス・ベア等)についても、各社で最低ラインを設定していますが、目安としては5億円〜10億円のレンジに収まることが多いとのことでした。ただし、この水準は各社の方針や、顧客属性(例えば預入額が2億〜5億円程度でも、上場企業の創業社長で他に多くの口座を持つ方であれば許容されるなど)によってかなり幅があるそうです。
一方、EAM(IFA的な立場のプレイヤー)は、大手グローバルプライベートバンクに比べて最低預入額がやや低い傾向にあるとのことですが、これも会社によって差が大きく、オープンに誰でも口座開設できるというより、紹介・つながりを通じて案内される小規模な運営体制のところが多いそうです。実際に知り合った担当者へ「いくらから受け入れて運用できますか」と直接確認するのが確実、とのアドバイスでした。
斉木様は、海外プライベートバンクの運用報告書や税務申告資料が非常に分かりにくいこと、その説明が英語のみだと理解が難しいことに触れ、日本人担当者の有無、あるいはジャパンデスクの有無が大きな選定基準になると指摘されています。100%日本人スタッフのみで運営されている日系証券会社もあれば、外資系でもローカルスタッフの中に流暢な日本語を話す方がいる場合もあり、また外資系プライベートバンクでもジャパンデスクの有無は会社によって異なるとのことでした。
木田から「最低預入額が8億円のプライベートバンクと3億円の会社とでは、当然8億円の方が手厚いサービスを受けられる印象があるが、実際はどうか」と尋ねたところ、斉木様の回答は明快でした。プライベートバンクが提供する中心的なサービスはあくまで資産運用のアドバイスであり、運用成績そのものは、どの銀行で購入しても似たような商品であれば結果的に似た値動きになるとのことです。
差が出るのは、取り扱っているファンドの本数や、大手プライベートバンクでしか取り扱いのないオルタナティブ商品(株式・債券と連動しにくい、保険のプレミアムのような値動きをする商品)へのアクセスといった点です。こうした商品に価値を感じて口座を開く方も多いとのことでした。また、UBSのようにシンガポールのF1やアートバーゼルのスポンサーを務める大手行では、一定の運用を行うとF1のパドック席への招待や、事業承継セミナー、顧客同士のサロンへの招待といった、運用そのもの以外の付加価値・ブランド価値も提供されるそうです。実務上は、日本からの生活費送金などの日常的なやり取りはDBSやOCBCで、長期の資産運用はUBSなど大手プライベートバンクで、と使い分けている方が多いとのことでした。
多額の資産を預け入れた場合、例えばスイスのボーディングスクールへの入学に際して推薦状を書いてもらえるといった特別待遇があるのかを伺ったところ、プライベートバンク自身が踏み込んだサポートを行うわけではなく、提携している外部のコンシェルジュサービスを紹介してもらえる、というのが実態とのことでした。エッセイやカバーレターの添削、学校情報の提供といった支援を、外部の専門サービス経由で受けられる場合があるそうです。
斉木様のお話を整理すると、シンガポールでのプライベートバンク選びは、①各行の最低預入額、②日本語対応可能な担当者の有無、③何を運用したいか(外国債券やオルタナティブ商品を含むかどうか)という3つの軸で検討することになります。
目安として、資産10億円以上をお持ちの方は選択肢を広く持てるため、大手プライベートバンクに長期資産運用の口座を開設しつつ、DBSやOCBCなどのローカル銀行で日本からの生活費送金といった日常的なやり取りを行う、という組み合わせが多いとのことです。一方、資産規模が一桁億円台の方は、ティア1クラスの大手では口座開設自体を断られることも多く、バンク・オブ・シンガポールやOCBCといった、比較的ハードルの低い金融機関が選択肢の中心になるとのことでした。
そして、資産規模がどれだけ大きくても、最終的に重要なのは、日本語でコミュニケーションが取れ、人として信頼できる担当者が付いてくれるかどうかだと斉木様は強調されていました。次回(後編)では、口座開設の審査の裏側や、実際にかかる手数料の実態について、さらに詳しく伺います。
木田国際税務会計事務所では、シンガポールをはじめとする海外移住・資産運用に関するご相談を承っております。
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